ビューティー
有村藍里「自分をもっと好きになるための“一歩”」
20.Nov.2020

有村藍里「私でも大丈夫かも…! 活動拠点を東京へ移すきっかけになった“とあるテレビロケ”」【連載第8回】

高校時代から芸能活動をはじめ、改名や美容整形などさまざまな困難や試練を乗り越え、今では人気タレントとして活躍する有村藍里さん。誰よりもひたむきに自己研究をし、“可愛くなる”努力をしつづける彼女の連載がスタートして1ヵ月。第8回目となる今回は、活動拠点を東京へ移すことになったきっかけ、そして、10代の頃に一度“お試し”でチャレンジした一人暮らしについてたっぷりとお話ししてもらいました。

東京に出てくるきっかけになった宮古島ロケ

こんにちは、有村藍里です。
連載第8回は、東京へ進出してくるきっかけとなったことについて、お話していきたいと思います。

前回お話ししたように、東京と大阪を行き来する生活を数年間続けていたのですが、あることがきっかけで上京することになりました。そのきっかけとなったのは、テレビのロケだったんです。

当時、TBS系列の『恋んトス』という番組に出演させて頂いていて、その撮影で2週間ほど宮古島に滞在していたんです。それまで長期間地元を離れることってその頃の私にとっては考えられなかったんですけど、2週間何も知らない初めての土地で暮らしてみたら、「なんかいけるかも!」って思えるようになって(笑)。

他の人からしてみたら本当に些細な出来事かもしれないんですけど、私はこのことがきっかけで、「地元を離れて東京で暮らす」という大きな決断をすることができました。ちょうど27歳のときです。あの宮古島ロケがなかったら、もしかしたら今の状況も違うものになっていたかもしれません。それほどあのロケは、自分にとって大きなターニングポイントの一つでした。

19歳の頃にしていた「ズボラすぎる一人暮らし」

一人暮らしすることを考えられなかったのには、理由があるんです。

実は19歳の頃に実家の近くで、少しだけ一人暮らしをした経験があります。そのときは自分の意思からではなく、親に「一人暮らししてみれば?」と言われてお試しで始めたもの。約1年くらいだったのですが、「素敵な一人暮らし」とはまったく正反対の「ズボラなひどい一人暮らし」生活を送っていました。

急な環境の変化で、当時は精神的にも余裕がなかったのか、ゴミも溜めがちで、食べ終わった食器を放置してしまうことも……。今考えると自分で引いてしまうような環境で生活をしていたんです。

どうして一人暮らしをさせたのかな? と思ったんですが、おそらく高校を卒業した後、私に就職してほしかったのかな、と。親なりに将来について心配していたんだと思います。でも、私自身も、周りの人たちは進学や就職なりしていく中で、自分は先の見えない世界に入ってしまった不安というものは少なからず感じていました。

未来のことを考えると不安定だったからこそ、荒んだ生活になってしまっていたのだと思います。今の感じからは考えられないと思うのですが、当時は茶髪でメイクも濃く、キツい印象だったんですよ。喫煙をしたりそういう非行に走ることはありませんでしたが、本当に信じられないような生活でしたね……(笑)。

でも1年後に実家に帰って生活をし始めたら、精神的にも金銭的にも余裕が生まれて元どおりの自分に戻れました。
次のページ>>大阪と東京の行き来生活に限界…いざ東京で一人暮らしをしてみたら  
22 件

キーワード

急上昇キーワード

新着記事

あなたへのおすすめ