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08.Nov.2018

女と男の、その「分かり合えてる」は本当か?『生きてるだけで、愛』

女と男の、その「分かり合えてる」は本当か?『生きてるだけで、愛』

結構長いこと生きてきた経験からつくづく、人と人が「分かり合う」ってかなり難しいなあと思います。時々「あの人とは分かり合えてる」とつい思っちゃうこともありますが、じゃあその「分かり合えてる」ことの裏付けは何かと問われれば、「分かり合えてるよね」「うん」みたいな口頭の確認とか、「なんとなくわかる」みたいな、よく考えると心もとないものでしかありません。私がいいと思っているものを、あなたも「いい」と言ってくれる、私のことを、あなたは肯定してくれる。そうかもしれませんが、その「いい」は、その時だけ適当に合わせてるだけ……とは言わないまでも、この人を理解したい、この人を肯定したいと思っている結果の行動で、ほんとのところは「ようわからんけど、うん、と言っとく」みたいな、きわめて日本人的な反応にも思えます。
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こういう事態は、恋愛においては、ものすごーく頻繁に起こることです。相手に何の下心もなく、頭が冷静かつ理論的な時には、「俺はミュージシャンになって天下を取りたいんだよね」とかいうヤツに、「はあ?何寝とぼけたこと言ってんの?」としか思いませんが、相手にポーっとなってる時とか、相手に好かれたいと思ってる時には、ついうっかり「ステキ」「あなたならできる」とか思ってしまい、「分かり合えてる二人」が一丁上がり。
つまり「分かり合えてる」は、「分かり合えてる」と信じたい人同士の、幸福な勘違いのたまもので、そこから始まる関係(例えば恋愛)において「分かり合えてる」をキープしていくのはなかなかに難しいものです。熱病のような恋が冷めてゆく過程は、言い換えれば「“分かり合えてる”と思ったのは勘違いだったんだな」と、徐々に、徐々に気づいていく過程ともいえます。
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『生きてるだけで、愛』は、そういうことが分かり始めたカップルを描いた作品にように思えます。主人公は、恋人・津奈木(つなき)の家で“ほぼ”引きこもり生活を続けてきた寧子。物語はそんな寧子が津奈木と別れるために社会に戻ろうとする過程を、どこかコミカルに描いてゆきます。
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不条理だらけの世の中を「まあそんなものだから」と流せない寧子は、常に傷つき泣き怒っています。一方の津奈木は、その荒れ狂う激情に振り回されながら、でも別れようといいだすわけでもなく、完全に感情に蓋をして生きています。なんつうメンヘラカップル!と思うのですが、寧子の暴発に、条件反射のように「ゴメン」を繰り返す津奈木に、「なに対してゴメンなの!?」とさらに寧子は、百万人の女子の最大公約数にも思えたりも。さてこのカップルは幸せなのか、分かり合えているのか。男と女は分かり合えるのか。そもそも分かり合えないことは、そんなに不幸なのか。そんなことぐーっと考えてしまう作品です。
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『生きてるだけで、愛。』
(C)2018『生きてるだけで、愛。』製作委員会
文/渥美志保
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