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27.May.2019

細木かおり『細木数子の後継者、細木かおりです』【プロローグ前半】

細木数子さんと一緒に生活することに!

幼少時代、実母はシングルマザーとして働きながら私を育てていました。私たちのそんな生活を心配した実母の姉・細木数子が私たちをお世話してくれたのが始まりでした。当時、細木数子は銀座にあるクラブのママとしていくつかのお店を成功させていて、経済的にも余裕があったので「女一人で子供を育てるのは大変だよ。一緒に住まない?」という好意から、実母と一緒に都内一等地の広くゴージャスなマンションにお世話になったという経緯です。

実母は38歳で私を生み、そのとき細木数子は40歳。私にとっては伯母というよりも、おばあちゃんのような存在だったんですよ。だから呼び名もずっと“ばあば”でした(笑)。“ばあば”と実母たちは8人兄弟。だから甥っ子、姪っ子がたくさんいたんです。でもそのときの“ばあば”は、テレビに出ていたときよりももっと若くて勢いが有り余っていて(笑)。今でこそ丸くなっていますが、昔から「曲がったことは大嫌い」な性格で、子供相手だとしても礼儀や教育に対してはとにかくスパルタ! たくさんの甥っ子、姪っ子たちからは「怖いおばちゃん」と思われていて、あまりの厳しさから煙たがられていました。

その中で私だけは「ばあば、ばあば」と、なぜだか懐いていたのです。実母がいなくても泣かないのに、“ばあば”がいないと大泣きするぐらいだったから、“ばあば”も私を溺愛してくれました。その愛情はどんどんエスカレートし、私が3歳のときに実母に「かおりを養女にくれない?」と申し出たらしいのです。そのときの“ばあば”の真剣な表情にビックリし“これは大変なことになる……”と察した実母は、私を連れて逃げるように“ばあば”の家を飛び出しました。

でも私は実母より“ばあば”に懐いていたんです。やっと家族で生活できるようになったのに、私は週末や暇をみつけては“ばあば”の家に行きたがり、“ばあば”に遊んでもらうことが何よりも楽しみでした。
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