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選ばれる女におなりなさい
27.Dec.2017

デヴィ夫人の婚活論「大統領からのプロポーズ」【第5回】

大統領からのプロポーズ

回を重ねることに反響が大きくなるデヴィ夫人の婚活論。今回はデヴィ夫人がインドネシアの大統領からプロポーズを受けた時のことをお届けします。外国の国家元首の妻に選ばれるという国を超えたロマンス。こんな貴重なお話は絶対に見逃せません。
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ヤソオ宮殿にて大統領と。後方のデヴィ夫人の肖像画はパスキアブドラ画伯のもの。

たった2週間でプロポーズ

みなさま、ごきげんよう。
デヴィ・スカルノです。

前回は、出会ってから結婚が決まるまでは“2カ月”あれば十分。というお話をいたしました。
私とインドネシアの大統領の場合は、それよりもずっと短く、たった2週間で結婚が決まりました。出会いから3ヶ月後のことです。
今日は大統領との出会いから結婚までのお話をしましょうか。

高級サパー・クラブでのアルバイト

中学を卒業し、私は都立三田高校の夜間部に通っていました。
その時、近所に東芸プロダクションがオープンしたのを機に研究生として入団し、演技、声楽、舞踊などを習っていました。
徐々にテレビや映画の仕事をいただくようになり、早朝から撮影所やロケ地へ向かう生活をしていたので、高校へは足が遠のいてしまっておりました。
そんなときに当時赤坂にあったコパカバーナというサパー・クラブにご縁がありアルバイトを始めたのですよ。お客さんの90%が外国人。世界の社交場のような名声を得ていて、当時の大学新卒の給与が1万ぐらいだった時代に、その時のテーブルチャージはフランク・シナトラが歌った夜は1人10万円。どのぐらい豪華なクラブだったかおわかりかしら。
新聞の朝刊に米上院議員のテッド・ケネディ氏が来日したという報道があると、その夜には彼の姿がそこにあるぐらいの世界の社交場。ここで働く女性はファッション誌から抜け出したような人たちばかり。そして、ここへ遊びにいらっしゃる紳士たちは女性の椅子を引き、飲み物をオーダー、ダンスをする時は手を差しのべる、すべてがレディーファースト。
わたくしは美しい花、そう“レディ”に憧れを抱いておりました。

ここでのお給料はOLの月給がたった一晩で入ってくるほどの超高収入。
自立や家の家計を助ける意味もありましたけど、わたくしはそれとは別の計算があったのですよ。

「これからの社会では絶対に英語が話せないといけない」
社会で生かせる英語は教科書で学んでもダメ。クラスで英語は一番だったとはいえ、
実際多くの外国人と話さなければ上達しないと思っていたので、世界の社交場である
サパー・クラブで働きながら会話の練習をする毎日。
そして一流の外国人と会話を交わしながら世界への道を模索するチャンスを伺っておりました。

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