編集部|妊活・子育て
23.Feb.2021

吉田明世さんー不妊治療を経て実感した「子供を授かるという奇跡」

第2子を昨年12月に出産 吉田明世さんに聞く【子供を授かるという奇跡】

多嚢胞性卵巣症候群を乗り越えて……。

多嚢胞性卵巣症候群を抱えながらも2人の子を出産したフリーアナウンサーの吉田明世さん。鍵は、早い段階で自分の体としっかり向き合うことにあったようです。

フリーアナウンサー 吉田明世さん

1988年4月14日生まれ。2011年にアナウンサーとしてTBSに入社。『サンデー・ジャポン』、『ビビット』など人気番組の司会を担当。2019年1月にTBSを退社しフリーに転身。
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“どんなに仕事が楽しくても自分の体について知るのは早ければ早いほどいい” by Akiyo

いくつもの山を越えてやってきた奇跡の命

症状を自分の個性として受け入れれば妊活も前向きに乗り越えられる

28歳という比較的早い年齢で、不妊治療クリニックの検査を受けた吉田明世さん。TBSアナウンサーとして早朝番組を担当し、体を酷使してきたため、一度きちんと調べようと思ったのが理由だったそう。

「とは言っても最初は、当たり前に子供はできるだろうと思っていたんです。ところが多嚢胞性卵巣症候群であることが分かり……。若い頃、よく流行の服を着ると、母から『そんなお腹出してると子供産めなくなるわよ』なんて言われていましたけど、その言葉の重みを本気で感じた瞬間でした」

そしてこのとき強く思ったのは、「もっと早く自分の体と向き合っていれば良かった」ということでした。

「もし事前に分かっていれば、早い段階で体質改善に取り組むことができたと思うし、何より理由も分からず『子供ができない』と不安に思うこともなかったはず。ショックではあったんですけど、理由が分かったことで、私の体はこういう個性なんだと割り切れました。おかげで前向きに治療に取り組むことができたと思います」

その後、排卵誘発剤を用いながらのタイミング法、さらに人工授精もおこなったものの、妊娠には至らず。「気分転換に旅行を」と力を抜いたのが良かったのか、その旅行中に自然妊娠していることが分かったそう。

「ただ、不妊治療中も一喜一憂を繰り返してメンタル的にかなり追い込まれていたので、妊娠が分かってからも『無事生まれてくるんだろうか』と疑心暗鬼でしたね。出産して出会えて初めて、少しホッとできた感じでした」

出産後は、家族の時間を大切にしたいとフリーに転身。これまで築き上げたものをリセットしなければならない葛藤はあったそうですが、入社してから8年間、「やり切った」という想いもあったことから決断できたそう。

「何より、子供って奇跡の存在だなと思うんです。すぐ妊娠する人もいれば、原因があってできない人、原因が分からずできない人と、様々にいます。何とか授かっても妊娠が継続できないこともある。さらに出産は、赤ちゃんもママも命がけ。そんな山を一つ一つ乗り越えやって来てくれた命なので、今は、今しかできないことを大切にしたいなと思っています」
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衣裳/スタイリスト私物

↓婦人科検診についてや、妊娠出産にかかるお金、スケジュールなど子供が欲しいと思ったときに知っておきたいことが満載です!

撮影/須藤敬一 スタイリング/出口奈津子 ヘア&メイク/yumi(Three PEACE) 構成/杉浦香 取材・文/山本奈緒子 ●再構成with online編集部 ●情報はwith2021年3月号発売時点のものです。
 
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