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編集部|ピープル

自分の“役割”を優先させる日本人。日本で「エンパシー文化」が育たないワケ

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人種差別や貧富の差が広がる、イギリスの“底辺”中学校に通う息子の日常を綴った、累計100万部を突破した『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社/以下、『ぼくイエ』)。著者のブレイディみかこさんは、1996年からイギリスに渡り、一貫して“格差社会の現実”を描き続けている。そんなブレイディさんの最新作『両手にトカレフ』(ポプラ社)は、初となる長編小説。『ぼくイエ』では描けなかった、“現実を超えるリアル”に挑んだというブレイディさん。本作の刊行を記念して、全4回にわたってインタビュー。本作にこめたもの、そして日本人が変えるべき意識とは――。

▼これまでのインタビューはこちら▼

 

なぜ、日本ではエンパシー文化が育たないのか

――日本で、あまりエンパシー文化が育っていないのは、なぜなのでしょう。

日本に住んだことのあるイギリス人の友人が、「日本人は、自分自身のことよりも、自分の“役割”を優先させるところがあるからじゃないか」と言っていて、なるほど、と思いました。会社でも家庭でも、自分の肩書や立場に沿った役割を全うしないと、責められるところがあるでしょう? 逆に、役割以上のことをしようとすると、「出しゃばりすぎだ」とそれもまた責められる。その結果、他者のことも、その人がどういう人かであることより、その人がどういう組織やポジションに属しているかのほうを重視してしまう。だからディスカッションをしようとしても、すぐに派閥が生まれて、「あの人はあっち側だから」みたいな感じで表面的に受け止めてしまう。要するに、相手を一人の人間として見られていないケースが、多いのではないかと感じます。

――日本でも「相手の身になって考える」ことは重視されているはずですが……。

たぶんそのときに、「この役割を課せられたときにどうすべきか」を先に考えてしまうから、理解から遠ざかるのだと思います。そうではなく、相手がどういう来し方でその場所にいて、自分も同じような状況に置かれたらどういうことを考えるだろうか、どういうふるまいをしてしまうだろうか、ということを考えていくのが、エンパシー。それができないから「女性なのに」とか「母親なのに」みたいな視点が生まれて、女性がますます家庭のなかで生きづらくなってしまうし、「きつい」と人に言えなくなって子育てが孤立してしまうのだろうなと思います。
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