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神崎恵「もう、メイク落としていいですか?」

神崎恵「『女っぽい』とか『女らしい』とかはもう古い」【もう、メイクを落としてもいいですか? vol.21】

美容家・神崎恵さんによる連載「もう、メイクを落としてもいいですか?」。第21回目は「女っぽいとか女らしいとか」という題でお届けします。

vol.21「女っぽいとか女らしいとか」

長男には10年前、次男には5年前。背を抜かされた。子供の成長というのは、「面白いな」としみじみ思う。

夏休みの学習で育てた朝顔のように、目に見える変化。毎日会っていてもわかるほどの成長具合には感心してしまう。本人たちもそうだろう。自分の背が伸び、見える景色が変わること。顔やからだつきも変化し、学校や友達といった環境だってくるくると変わっていく。自覚できる変化は、毎日から退屈を取り除いてくれるのかもしれない。

そう思うと、大人になるごとに退屈になるのもわかる気がする。体の成長は止まり、行動範囲もある程度限られ、よく言えば安定した日々が淡々と続いていく。見える景色も、話すひとも、やることも、そうそう変化のない毎日だ。

ある程度完成してしまった自分。ここに面白みを感じることができるほうが難しいのかもしれない。毎日がなんとなく色あせ、毎日に飽きる。そんな感覚にも納得できてしまう。
わたしもそんな退屈を感じたことがあった。代わり映えしない毎日に、自分に、つまらなさをこえ、ちょっとした苛立(いらだ)ちや諦め、焦り、いろいろな感情が入り混じるような思いだ。そこから抜けだしたくて、新しい場所、新しい物、新しいひと、とにかく変化を他に求め、ときめきが渇くたびにまた何かを探すという、その繰り返しだ。この循環が尽きなかった。

でもここ数年、この渇きを感じなくなった自分がいる。生活は変わっていない。行動範囲も、関わるひとも変わらない中で、確かにあのふつふつとした思いを感じていないことに気がついた。
次のページ>>変わらないものの中で、変わったものがある。
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