ピープル
神崎恵「もう、メイク落としていいですか?」
11.Apr.2019

【神崎恵連載】vol.2「女の悪を脱ぎ捨てる」【もう、メイクを落としてもいいですか?】

vol.2「女の悪を脱ぎ捨てる」

「女の悪」について考えるときがある。

悪といっても警察のお世話になるようなものではなく、もっと身近だけれど、じわりじわりとひとの心を濁したり、痛めつけたりする悪。女として生きていれば、女に攻撃されることは珍しいことではなく、どちらかといえば日常茶飯事。だから、わたしたち女は、幼い頃から自然と、女から身を守る方法や攻撃の的にならない技を、すこしずつ身につけながら大人になってきたように思う。
でも、いくつになっても、どれだけ慣れても。

女の悪は、疲れる。

女が数人集まれば、噂話や悪口が止めどなく流れる。その中には「きっとそのひとは、ただ相談しただけだろうに」と思うような内容のものまであって、それを「ねえ知ってる? ◯◯ちゃんて」というふうに自慢げに披露されたりもする。SNSをひらけば、悪口の対象と仲良さそうに写っている画像が何枚も並んでいて、そんな瞬間に立ち会うたびに「女って怖いな」と思ってしまう。

「でも、それが女って生き物だよ」と友人の一言。確かに、そうなのかもしれない。ひとの不幸を見て安心したり、悪口を言うことで自分が優位だと自分自身に言い聞かせる。中には、息をするくらいナチュラルにひとの悪口を言い続けるひともいる。

いらないストレスは排除し、できるだけ気持ちに透明感を保てるように

確かに、わたしもそんな時代があったなと、思い出す。見つけられない自分の自信への不安や、満たされない気持ちを、悪口や噂話で紛らわして、ちょっと楽になる。一緒に悪口を言うことで、心が繫がったような錯覚をする。そんな時代が確かにあった。
女はいつだって、誰かを痛めつけたり、傷つける立場に簡単になれてしまう。でも、悪口って、言われる
ほうも、言うほうも、気持ちいいもんじゃない。聞くほうだって、なんとなく気持ちが濁る。あの後味の悪
さ。それを感じた日から、関わらない、群れないことを選択することにした。
10代、20代は悪口や妬みの渦にいてもまだ大丈夫。でも30を越えると、浸かっている空気の色や風合いが、顔や体からにおいのように湧き立つようになる。ひとに嫉妬ばかりしているひとは、誰かを恨んでいるような顔に。悪口ばかりを言ってるいとは、意地悪な顔に。その感情に合わせるようにシワが刻まれ顔の凹凸も面白いほどに悪の形になる。そしてなにより、気持ちが疲れる。どっと悪を吸い込んだような、だるい気持ちになるもの。
だから、大人になるほどに気持ちのいい環境を自分で選択し作ることが必要になってくる。いらないストレスは排除し、できるだけ気持ちに透明感を保てるよう、ひと、もの、場所、自分に関わるひとつひとつを選び整える。ときにひとりになっても、それを優先する。そうするようになってから、感じたことのない軽やかな心地と自由を手にいれることができたように思う。

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