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21.Nov.2019

【美脳Mattができるまで 駆け足で語るヒストリー】『逆境に立たされるたびに、「どうしたらベストを尽くせるか」を考えた』

貫きたい〝美学〞が芽生えたのは、わずか1歳の頃。クリスマスに欲しいものを紙に書いてもらって靴下の中に入れ、枕元に吊るした。「はねをください」――。6歳になるまで、毎年、「もっとおおきなはねをください」と、サンタさんに願った。

大人になって、芸能の仕事を始めると、自分が羽ばたける場所を見つけた気がした。でも、心無い言葉で、何度か羽をもぎ取られた。

半年間、人前に出ることをやめて考えた。自分の何を貫くべきかを。〝好き〞を貫くことで、誰かの希望になれるような、唯一無二の存在を目指す。そう決めた。どんな逆境に追い込まれても、人にハッピーを運ぶ〝天使〞になると誓った。
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ジャケット¥53000、パンツ¥25000、イエローシャツ¥26000、ネクタイ¥13000/Jプレス オリジナルス × オープニングセレモニー(オンワード樫山 お客様相談室窓口)

美脳Mattができるまで【駆け足で語るヒストリー】

子どもの頃は、ずっと「負けない!」って思ってました。女の子と遊ぶのが好きだったから「オカマ!」とか、「二世!」とか、色々言われて。でも、僕は誰に対しても平等でいたかったので、「思春期の男の子は、女の子に近づけないから、みんな僕が羨(うらや)ましいんだ、きっと」って思って、男の子に僕の周りの女の子をコネクト♡してあげたり(笑)。

堂々としていたせいか、いじめられることはなかったです。昔からいじめは大嫌い。いじめを見つけたら、即やめさせてました。

小学校時代の悩みは、「野球をいつやめられるか」。小学校6年間は野球も遊びもいろんなことを試すっていうのがパパの教育方針で。僕は、パパの遺伝子のおかげで背も大きいし足も速くて、すぐヒットが打てちゃったりして……。

それが嫌で、わざと鼻血を出して休んだりしました。スライディングも大嫌いで、監督に「パパがやっちゃいけないって言ってた」とか、「バッチコーイ」っていう掛け声も、「パパが意味ないって」とか監督に直談判して。僕だけ免除、みたいな(笑)。

野球が嫌いだったのは、坊主がマストだったことも理由の一つ。当時はバリカンの音が恐怖でした。野球の他にやっていたのは、ピアノとヴァイオリンと絵。全部独学です。

最初は先生について習うんだけど、「ピアノを弾くときは指を立てて!」とか注意されると、「立てなくても弾けるのに」とか思って、やめちゃう(笑)。

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