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【新刊発売】<前編>プロアスリート・羽生結弦さんの競技人生から学ぶ「挑戦し続ける」秘訣

2014年ソチオリンピック、2018年平昌オリンピックのフィギュアスケートで2大会連続金メダルを獲得し、2022年北京オリンピックでは、いまだかつてない4回転半ジャンプに挑戦したアスリートの羽生結弦さん。

2022年7月には、今後競技会には出場せずアイスショーなどを中心に活動するプロへ転向することを表明し、この11月には自身がプロデュースする単独アイスショー『プロローグ』を開催。競技会さながらの6分間練習から始まり、平昌五輪フリーの「SEIMEI」、羽生さん自ら振り付けをした新作のプログラム『いつか終わる夢』などを熱演。コンセプトや構成を自ら手がけ、出演は一人だけという、前代未聞の挑戦をやってのけました。

これからの羽生さんの活躍に期待する人も多いなか、彼の競技人生をまとめた一冊の書籍『羽生結弦 アマチュア時代 全記録』(CCCメディアハウス)が発売。2004年に初めて全国大会に出場してから、プロ転向の決意を宣言するまでの18年間を全528点の報道写真とともに振り返ることができる永久保存版的一冊は、発売前重版がかかるほど話題に!

羽生さんといえば、天与の才に驕ることなく、競技人生の最後の最後までチャレンジを続けた努力と挑戦の人。その生き様に勇気をもらい一歩踏み出せたという人も多いはずです。今回は、話題の書籍から抜粋した印象的な羽生さんのコメントや競技人生を振り返りながら、常に挑戦し続ける強さの秘訣を紐解いていきます。

「好きで始めたことに屈したくない」「絶対に勝てる」負けん気の強さは幼少期から

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『羽生結弦 アマチュア時代 全記録』21頁より ⓒ時事
先にフィギュアスケートを始めたお姉さんの練習について行ったことがきっかけでスケートの世界に入ったという羽生さん。今の彼からは想像できませんが、幼い頃はやんちゃで、ハードな練習を投げ出しそうになることもあったといいます。

ただ、そこはやはり羽生結弦さん。「好きで始めたことに屈したくない」という強い精神力で何度転んでも立ち上がり、2004年、9歳で初めて全国大会に出場し優勝。書籍によると、「絶対に勝てる」と思って挑んだというが、幼いながらもそこまで自信を持てるほど練習を続けたのでしょう。

レベルアップの秘訣は、無理だと決めつけない高い目標設定と客観的な反省

中学生になると、凛とした大人の顔つきが垣間見え、2008年にはすでに「仙台のリンクから、荒川(静香)選手に続きたい」と世界のトップを見据えていたようです。
この頃から、演技構成にトリプルアクセル(3回転半)を取り入れるなど、ジャンプのレベルアップにも余念がありませんでした。

2010年シニアデビューをすると、4年後のソチオリンピックを意識した発言も増えていき、「メダル獲得のために、4回転ジャンプ(への挑戦)を将来的に考えていきたい」と目標を語るようになりました。

羽生さんに惹かれてしまう理由の一つが、この堂々とした目標宣言。「こうなりたい」「こんな夢がある」と心の中で思っていても、次の瞬間には「でも、できないかもしれない」と不安がよぎるのは普通のことです。

羽生さん自身も、シニアデビューをした直後の「グランプリシリーズ第5戦 ロシア杯最終日 男子フリー」で羽生さんは4回転に挑もうとするも得点をうまく伸ばせませんでした。

その時のインタビューで「周りのレベルの高さを感じた。順位にこだわり過ぎた」と、落胆ととれるようなコメントを残したと書籍にはあります。

しかし羽生さんの強さの理由のひとつは、失敗した後に落ち込むだけで終わらないところ。上記のコメントを語った際も、「絶対に4回転にしたい思いはあったが、空中に入る前に力が入りすぎた」と、できなかった原因を瞬時に分析。それは、アスリートにとっては当然のことなのかもしれませんが、書籍に目を通すと彼がどれほど反省と分析を繰り返す人なのかがよく分かります。

さらに、自分の演技が上手くいったときも客観的な視点を忘れません。ソチオリンピックの前年・2013年グランプリシリーズで自己ベストを更新した際は「自分に集中し、一つ一つの要素、一つ一つのつなぎも、本当によくできた。今日できたことを素直に喜びたい」と、前向きな気持ちを嘘なく伝えています。

うまくいったときも、そうでなかったときも、私たちは感情に流されてしまいがちですが、客観的に課題を分析し、一歩ずつそれをクリアしていくことで高い目標を叶えることができるのかもしれません。
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