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22.Nov.2020

映画監督 河瀨直美「結婚は諦めていた私の心に響いた“村のおっちゃん”の言葉」【わたしが27歳だったころ】

わたしが27歳だったころ。

様々な分野で活躍する大人の女性たちにも、私たちと同じ、27歳のときがありました。彼女たちが当時、何に悩み、どんな努力をしてきたのかを伺う本誌の新連載。センパイたちの経験から、素敵な大人に近づくヒントを見つけて! 

映画監督 河瀨直美さん

一夜明けたら、自分への世界の評価が一変していた__。

『萌の朱雀』にて第50回カンヌ国際映画祭、カメラ・ドール(新人監督賞)を史上最年少で受賞。
27歳にして全世界からの注目を一身に集めるような体験をした河瀨さんは、誰もが夢見る世界の中心にいながら、次第に居心地の悪さを感じるようになったという。そんな折、自分の中にある真実に気づかせてくれる“生きた言葉”と出会った。
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ブラウス¥40000、ジャンパースカート¥63000/ユーモレスク ピアス¥98000/カスカ
【PROFILE】かわせなおみ●映画監督。奈良を拠点に映画を創り続ける。一貫したリアリティの追求はカンヌ映画祭をはじめ各国の映画祭で受賞多数。代表作は『萌の朱雀』『殯の森』『2つ目の窓』『あん』など。

映画監督の他、CM演出、エッセイ執筆などジャンルにこだわらず表現活動を続け、故郷の奈良において「なら国際映画祭」をオーガナイズしながら次世代の育成に力を入れる。東京オリンピック公式映画監督。2025年大阪・関西万博プロデューサー。

すべては“好きこそものの上手なれ”。何が本物で何が真実かは、自分で決めればいい。27歳がどんな時期かだって人それぞれです

手書きの脚本を抱えて、深夜バスにゆらゆら揺られながら8時間。朝靄の中を新宿に降り立ったのが、今から約4半世紀前(笑)。私が26歳の時でした。

当時から面識のあった撮影監督が、手書きの脚本をワープロで打ち直してくださって。しばらくしてWOWOWのプロデューサーから、「映画にしませんか?」というオファーが届きました。バジェットは3000万円。当時の私では逆立ちしても貯められない金額です。「やった!」と思いました。

『萌の朱雀』は、ドキュメンタリーばかり撮っていた私にとっての、初めての長編映画です。使える時間は全てその映画に注ぎ込みたかったので、奈良の自宅から通えるところをロケ地にしました。

主演の尾野真千子さんもまだ素人でしたが、撮りながら、何より彼女の成長ぶりにワクワクさせられました。いとこの兄ちゃんから、「お母さん、倒れたで」と言われて走り出すシーンがあるんですが、台本には「走り出す」とは書かれていなくて。“走る”という衝動は、彼女の中から自然に湧き上がったものでした。

その瞬間をフィルムに収められた時、「映画っていいなあ」って心から思えたんです。映画を撮ることによって、本来は何もないところから、思いがけない感情や衝動が生まれてくる。そこに、人間の真実があるんじゃないかと思いました。
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