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映画監督 河瀨直美「結婚は諦めていた私の心に響いた“村のおっちゃん”の言葉」【わたしが27歳だったころ】

真実に気づかせてくれたおっちゃんの言葉

自分が考える“本物”は東京にはない。そんな気がして、奈良に帰ることを決めました。子供も欲しかったけれど、その時は30歳をゆうに超えていたから、授からないかも、という焦りもありました。今より16年も前のことです。

当時はまだ「子供を産むなら30歳までに」みたいな考えが世の中の主流だったと思います。でも、食事や生活習慣などを整えることで、自分の中に昔のようなエネルギーが蓄えられたのか、34歳で自然妊娠することができました。その時生まれた息子は、自粛期間中に料理を覚え、春から夏にかけて何度か手料理を振る舞ってくれました(笑)。
話は少し前後しますが、『萌の朱雀』のあと、もうひとつの『萌の朱雀』である『杣人(そまうど)物語』というドキュメンタリーを撮ったんです。

その時、村のおっちゃんが、「なんぼ金あっても、その人が“もっと欲しい”“もっともっと欲しい”と言って満足してへんかったら、その人は心が貧しいね」って言ったんですよ。おっちゃんは、目の前にある餅がめっちゃおいしいから、それで十分幸福だと話していた。

最初の長編が大きな賞をいただいて、次に何を作るか焦っていた時期です。しかも、当時の私には、「私は映画が好きで、誰かと付き合っても、映画に夢中になってしまう。きっともう結婚はできないんだろうな」みたいな諦めもあった。そうしたら、おっちゃんがこんなことも言うんです。

「自然の中で生きているものには、みんな“時期”があるんだよ。桜の季節に柿が食いたいと思っても食えないんだから、桜の季節には、桜がきれいだと思っておけばいいんだよ」って。

私には、どんな権威ある先生たちの言葉よりも、そのおっちゃんたちの生きた言葉が、すごく心に響きました。
何度となく、“真実”とか“本物”なんて大それた言葉を使ってしまいましたが(笑)、すべては“好きこそものの上手なれ”。何が本物で何が真実かは、自分で決めればいいんです。

今が自分にとってどんな時期かも、誰とも比べなくていい。そう私は思います。今、目の前にある何かを“美しいな”“好きだな”と心から思えればそれだけで。

《当時のわたし》

専門学校時代から、お洒落もせず、食べたいものも食べずに、映画ばかり作っていました。常に映画優先なせいか、一つ作品を作るごとに恋が終わっていた(笑)。自分の身の回りのことを題材にしたドキュメンタリーが海外の賞をいただいて、最初に行った映画祭がロシアのサンクトペテルブルグ。英語も使えなくて、パンを買うのも一苦労でした。

「次はフィクションを!」と思い、手書きで必死に書いたのが『萌の朱雀』です。カンヌ映画祭で賞をいただけて、映画を撮る環境は一変しましたけど、私自身は何も変わらなかったと思います。

Information

『朝が来る』

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©2020『朝が来る』Film Partners
「特別養子縁組」をテーマにした辻村深月のヒューマンミステリーを映画化。長く辛い不妊治療の末、「特別養子縁組」で男の子を迎えた夫妻。数年後、母親を名乗る女性から「子供を返して欲しいんです」という電話が掛かってくる−。特別養子縁組の説明会シーンは、実際に子供を迎えたご家族が登場する台本のないもの。リアルだからこその言葉に心を打たれる。TOHOシネマズ日比谷他にて公開中。
撮影/嶌村吉祥丸 スタイリスト/安野ともこ(CORAZON) ヘア&メイク/木津陽子
取材・文/菊地陽子  ※再構成 with online編集部 ※商品情報はwith2020年12月号発売時点のものです。
 
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