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29.Dec.2019

紗栄子【小さな幸福の芽 1】「『一歩踏み出せない人がこんなにもいるのなら、私がプラットフォームを作るべきだ』と思った」

自分が、誰かの力になることができる。一人でできることは小さくても、同じ想いの人が集まれば、大きな力になる。そんなことを実感できた経験が、彼女を“再生”させた――。

2019年10月、紗栄子さんは、自身が中心となって集めた募金を、必要とされている場所へと正しく届けるための社団法人を設立した。台風15号の被災者へ、4トントラック15台分の支援物資を届けたことが設立を思い立ったきっかけだ。それまでは、台風や地震といった自然災害の被災地には、自分でできる範囲で支援物資を届けていた。

そんな中、千葉で被災しているファンから、彼女のインスタに「大変です!」とSOSが届いた時、「何かしたい。そして私と同じ思いの人は、他にもいるんじゃないか」と直感した。インスタグラムで協力を呼びかけると、9月の14日と15日の2日間で、青山のエイベックス本社ビル前に、たくさんの人の善意で多くの支援物資が集まった。

「善意はあっても、時間がなかったり、やり方がわからなかったり。きっかけがあると協力してくれる人。一歩踏み出せない人がこんなにもいるのなら、私がプラットフォームを作るべきだ」と思った。その瞬間、次にできることは何かを考えて、彼女は動き始めた。社団法人を作るための勉強から始めた。夢中に構想を練るうちに、自分に与えられた使命は何なのかという課題の答えを見つけることが出来た。

紗栄子【小さな幸福の芽 1】

「ここ3年ほど、自分が〝停滞しているなぁ〞と感じていたんです。仕事に関しては、自分が立てた目標を達成したなと思えた時があって。何となくやり切った感がありました。その時から何のために頑張って仕事をするのか、答えが見つけられなかったんです」

子どもたちには、世間の目を気にせずに伸び伸びとした教育を受けさせたい。そう思った紗栄子さんは、家族3人、ロンドンで生活を始める。

「でも、子どもが2人とも全寮制の学校に入ることになって、自分1人で過ごす時間が急に増えて。最初の3ヵ月は、好きなことをして、暮らせる毎日が快適だったけれど、その中で『寂しい思いをしながら、頑張って未来のために学んでいる子どもたちを思うと、私ももっと頑張りたい』と思ったんです。そして私が、誰かのために動ける場所はやっぱり日本だと思ったので、しばらく、日本でボランティアをメインに活動していたんです」
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ブラウス、中に着たキャミソール/スタイリスト私物


with2月号では、紗栄子さんが社会貢献に深く関心を持つようになったきっかけや、周囲からの心ないバッシングにさらされていたときの心境などを語ってくれています。with onlineでも公開中。ぜひご覧ください。

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【PROFILE】紗栄子

1986年生まれ。宮崎県出身。2001年女優デビュー。モデル、女優、タレント、実業家として幅広く活躍するが、最近は、「自分の肩書を言う時に戸惑う」らしい。

「女優としては何年もドラマに出ていないし。モデルとしては背が低すぎる。タレントも、日本ではバラエティに出ている人のことを指すでしょう? 私はビジネスもやっていますが、それは、芸能の仕事が前提にあってできること。支援をしていただくために企業を訪問するたびに、『今後の展開は?』と聞かれますが、私が一番やりたいことは、支援したい人や企業と、支援を必要としている場所や人をつなぐ、プラットフォームとしての役割なんです」。

黒柳徹子さんに〝ユニセフ親善大使〞という肩書があるように、紗栄子さんにも、今回立ち上げた社団法人の代表、あるいはチャリティ団体の親善大使のような肩書が、一番前にくる時代がくるかもしれない。
撮影/吉田崇(まきうらオフィス) ヘア&メイク/石川ユウキ(Three PEACE) スタイリスト/伊東牧子 取材・文/菊地陽子 ※再構成 with online編集部 ※商品情報はwith2019年2月号発売時点のものです。

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