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黒柳徹子「『その個性、引っ込めて!』としょっちゅう言われていた」“落ちこぼれ”だった私に訪れた転機

働く女子の先輩 黒柳徹子“好き”と生きる Vol.1

働く女子の大・大・大先輩である黒柳徹子さん。「戦後最大のベストセラー」と呼ばれ、世界35以上の言語で翻訳されている「窓ぎわのトットちゃん」、実は、1981年に生まれた女性誌「with」と同い年。2018年から始まった連載「トットちゃんのことはじめ」で、いろんな「はじめて」について語っている徹子さんに、あらためてお仕事観を伺いました。

徹子さんの口から溢れ出るエピソードには、愉快な人間や純粋な子どもたち、夢のあるキラキラした空間や仕事の後にみんなで味わう美味しいものなど、人生の中で出会う“好きなこと”がたくさん詰まっています。

好きにこだわったから、演劇について積極的に学び、英会話をマスターし、ユニセフの活動でさまざまな国を訪問し、ギネスに認定されるほどの長寿番組が生まれた。

今回の撮影は、そんな徹子さんの“普遍的な可愛さ”にフォーカス。レトロフューチャーな空間に佇んで、未来を夢想していただきました。徹子さんは、子どものような純粋さと好奇心で、好きなことを見つけていく天才です。先の見えない時代でも、徹子さんの笑顔がある限り、「未来は明るい」。そんなふうに思えてきませんか?
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このお仕事を始めた頃の私は、いわゆる「落ちこぼれ」でした

放送のお仕事に携わって、かれこれ68年(!)になります。こうやって数字にしてみると、自分でもビックリしちゃう(笑)。

私がうんと子どもの頃、「窓ぎわのトットちゃん」の舞台になった「トモエ学園」に山本泰明ちゃんという大好きなお友達がいました。泰明ちゃんは小児麻痺でした。私たちトモエ学園の子どもには、たいていお気に入りの木があって、そこに登って景色を見ることが楽しみだったのですが、泰明ちゃんは、登ったことがありません。

そこで私が一念発起して、自分のお気に入りの木に、泰明ちゃんを招待したことがありました。手足に力の入らない泰明ちゃんは、私たちのように木に登ることはできなかったので、いろんな試行錯誤をしながら、脚立を見つけて、そのてっぺんまで頑張って登ってもらった後に、横になった体勢の泰明ちゃんを私が上から全力で引っ張ったのです。

はたからは危ないことに見えたに違いありませんが、泰明ちゃんも私のことを信じてくれたし、私も、「絶対に木の上からの景色を見せたい」と必死でした。汗もたくさんかきましたし、途中で挫けそうになりましたが、なんとか、私たちは木の上に並んで、私の大好きな景色を共有することができたのです(このエピソードは、「大冒険」というタイトルで「窓ぎわのトットちゃん」に収録されています)。

私が最初に「テレビジョン」というものを知ることができたのは、この大冒険のとき。泰明ちゃんが、「テレビジョンという箱のようなものがアメリカで生まれた。それが日本に来れば、国技館のお相撲が家でも見られるんだって」と教えてくれたからです。今でも、昨日のことのように思い出されます。
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