ピープル
#おしゃれOLさんの憧れアイコン

黒柳徹子「『その個性、引っ込めて!』としょっちゅう言われていた」“落ちこぼれ”だった私に訪れた転機

初めて通行人の役でテレビに出ることになった番組は、当時、ブギウギで大スターだった笠置シヅ子さんの歌が入るドラマでした。笠置さんが、お魚屋さんの描かれた背景の前で、「♪鯛に平目にかつおにまぐろにブリにサバ」と「買物ブギー」を歌っていらして、その横を通り過ぎる設定です。

私は最初、街の真ん中でパラシュートスカートをはいて歌いながら踊っている笠置さんを、「なんて珍しい!」と思ったので、笠置さんの横を通るときに、ジロジロと顔を上げ下げしながら興味深げに歩いていきました。すると、ディレクターがマイクを通して、「ちょっと、今の女の子! もっとスーッと通ってよ、スーッと」と言ったので、私は、2回目はできるだけ急いで、スーッと通り過ぎました。

そうしたら今度は、「それじゃあ影みたいだ。テレビの画面を横切るときは、時間をかけてゆっくりと、でも目立たないように歩かなきゃ」と注意されてしまうのです。最後は、スローモーションのように、手と足をできるだけゆっくり動かして、息を止めて歩きました。するとディレクターは、「ああ、それじゃ忍者だ!」と頭を抱えるのです。

結局は、ラジオの時と同じように、「もう帰っていいよ」。大スターの笠置さんは、何回も私のためにやり直しになっているにもかかわらず、機嫌を損ねたりせず、「大変でんなぁ!」と朗らかにおっしゃってくださいました。
あるとき、落ちこぼれの私に転機が訪れました。「大人も子どもも一緒に楽しめる連続番組」に力を入れていたNHKが、新しい番組を作るにあたって、大掛かりな声優のオーディションをすることになったのです。

番組のタイトルは「ヤン坊ニン坊トン坊」。インドの王様から中国の皇帝に献上された3匹の白い猿が、中国を抜け出して祖国のインドにいる両親のもとに帰るまでの冒険物語。このオーディションの最大の目的が、「大人で子どもの声が出せる人」でした。

私はオーディションに合格し、トン坊役に抜擢されました。配役の発表があった後、作者の飯沢匡先生を紹介されたとき、「また役を降ろされたらどうしよう」とビクビクするあまり、こんなことを口走ってしまいます。

「私、日本語がヘンですから、直します。歌も下手ですから、勉強します。しゃべり方もなんとかします。個性も引っ込めます!」

すると、飯沢先生はニコニコしながらおっしゃいました。「直しちゃ、いけません。あなたの、その、個性がいいんですから。そのままでいてください。それが、僕たちに必要なんです」

それは、本当にうれしい、うれしい言葉でした。でも、あまりに突然だったので、急には信じられませんでした。毎日毎日役を降ろされ、「帰っていいから」と1年近く言われ続けた私が、初めて自分の個性を必要としてくれる人に出会えたのです。

番組は、爆発的にヒットしました。そのときにヤン坊、ニン坊、トン坊を演じた3人は、「NHK3人娘」と呼ばれ、一日に10本のインタビューがあるほど注目されたのです。戦争が終わって9年が経ち、巷では、「個性化の時代の到来」と言われていました。
次のページ>>20代の後半で人生初の経験  
31 件

キーワード

急上昇キーワード

新着記事

あなたへのおすすめ