ピープル
#おしゃれOLさんの憧れアイコン
22.Jan.2021

紅ゆずる「あの時ほど人生で人に叱られ、しごかれ、鍛えられたことはない」【わたしが27歳だったころ】

わたしが27歳だったころ。

様々な分野で活躍する大人の女性たちにも、私たちと同じ、27歳のときがありました。彼女たちが当時、何に悩み、どんな努力をしてきたのかを伺う本誌の新連載。センパイたちの経験から、素敵な大人に近づくヒントを見つけて! 

女優 紅ゆずるさん

白い空間の中で際立つ、凛としたたたずまい。極寒の中に咲く、大輪の花のような人だ。

宝塚時代、実力者揃いの同期の中、20代半ばで、初めて大きな役がついた。無我夢中で演じ切ったその先に待ち構えていたのは、カリスマ演出家による、容赦ない試練の連続だった。地獄の毎日を乗り越え、星組のトップスターになった。

宝塚を退団した今、過去の苦しかった日々も、いい思い出だと笑う。あの時逃げなかった自分を、讃える。彼女が放つのは、極寒に耐えたからこその、強さと美しさ。
pattern_1
ニットプルオーバー¥95000、ニットスカート¥110000/ANTEPRIMA(ANTEPRIMA JAPAN)リング、ピアス/スタイリスト私物
【PROFILE】くれない・ゆずる●8月17日生まれ。大阪府出身。2000年宝塚音楽学校入学。ʼ02年、宝塚歌劇団に第88期生として入団・初舞台。星組に配属。ʼ16年、星組トップスターに就任。

ʼ19年、「GOD OF STARS-食聖-」「Éclair Brillant(エクレール ブリアン)」東京宝塚劇場千穐楽をもって退団。ʼ21年4 月大阪松竹座の舞台「アンタッチャブル・ビューティー〜浪花探偵狂騒曲〜」に出演予定。

辛い状況の時は、それに立ち向かわなくてもいい。そこから逃げずにい続けたことが財産になる時がくる

昔から思い込みが激しいんです。小学校3年生の時かな。「ピーターパン」のミュージカルを観てすっかりハマってしまい、親に緑の服を買ってもらって、自分をピーターパンだと思って1年ぐらい生活していたことがある(笑)。11歳で初めて宝塚と出会った時には、「宝塚に入る人生しかない」と思い込んでいました。

宝塚に入った時の成績は50人中47番。優秀な受験生が多い期でした。せっかく入ったからにはトップスターを目指したい。でも、劇団に入ると何回か試験があって、私の成績はずっと下位でした。そんな中、途中から、ちらほらと同期が辞めていくんです。

厳しさに耐えられない者あり、この道じゃないと思い直す者あり、成績がいいのに使われないからと去っていく者あり。それぞれにいろんな理由があったようです。

20代半ばに将来のことを考えて迷うのは、宝塚の生徒も、普通にお勤めしている人も同じだと思います。
pattern_1
香盤が決まる試験のたびに、下位の成績を彷徨っていた私には、一つ決めていたことがありました。それは、新人公演が終わるまでは、どんなに出番が少なくても、宝塚にしがみつこう、ということ。宝塚に入っている自分が好きでしたし、内心では、「いつか見ておれ! 絶対にこの人たちが唸るほどのものをやってやる」という思いがありました。

たぶん、20代半ばを過ぎたころだったと思います。宝塚大劇場に隣接する小劇場・宝塚バウホールで若手育成のための公演として、「アンナ・カレーニナ」が上演されることに。私はそのオーディションを勝ち抜き、なんと、2番手の役をいただけたんです。

それまで役らしい役を勝ち取ったことのなかった私が、初めて堂々と「あの舞台では、この役を演じました」と言える。そのことが嬉しくて、ただただ楽しみながら、舞台をやり切ることができました。

そして、続く「スカーレットピンパーネル」の新人公演のオーディションでは、なんと主役に抜擢されたのです!
次のページ>>あの時ほど人生で人に叱られ、しごかれ、鍛えられたことはない  
26 件

キーワード

急上昇キーワード

新着記事

あなたへのおすすめ