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山崎育三郎「はなうたまじり」

「お兄ちゃんにはどんどんスベってほしい」2人が一回だけした兄弟喧嘩とは?【山崎育三郎×ミキ】後編

山崎育三郎【はなうたまじり】

人と会って、話して、楽しくて。思わず鼻歌を歌いたくなる。歌で心に温もりと潤いを届ける“歌うスーパー美容液”山崎育三郎さんが、「今会いたい人」と「こんなことやってみたい」ということを実現して、おしゃべりもするこの連載。 

今回のゲストは今や飛ぶ鳥を落とす勢いの人気兄弟漫才コンビ、ミキのおふたり。就職をしていた亜生さんから「一緒にお笑いやりたい」と泣きながら電話がかかってきた、というミキの結成エピソードにびっくりの育さま。後編では、憧れの人との共演や、ミキが目指すところ、そして兄弟の仲の良さの秘訣まで、時間切れになるほど盛り上がります。

【ミキと漫才トリオになる】後編

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山崎さん:メガネ/本人私物 その他/スタイリスト私物

兄弟喧嘩をしたのは子供のころ一度きり!?

■山崎 それですぐ売れたんですか?

■昴生 箸にも棒にもかからない。吉本のオーディションって、朝9時半から並んで1000組くらい受けにくるんですが、ゴングショー形式で、ダメだったらカーン!って鳴ってそこで終了なんです。初めてのときは15秒でゴングが鳴りましたね。

■亜生 カーンって鳴った後、タッキー&翼の「ダーメ、ダメ、ダメ、ダメ……♪」が流れるんですよ! あれ、トラウマになるんです

■昴生 でも2回目で2分全部やらせてもらえて、これはいけるかも!と。結局、4回目で合格して吉本入りしました。

■山崎 とんとん拍子じゃないですか。以前からふたりで漫才やっていたんですか?

■昴生 全くやっていませんでした。

■亜生 でも僕が静岡の大学に行ってた頃から、連休があればお兄ちゃんが京都から車で迎えに来てくれて、週末ずっとふたりでしゃべくってたんです。今思うとあれって、エピソードトークそのものでしたね。

■昴生 結局、1度目の合格から半年くらいで吉本から落とされて、そこからまた朝並んでオーディション受けて落ちて、っていう生活を2〜3年続けていたんです。それで僕が30歳になる直前に、もう本気でお笑い頑張らなあかんと思ってバイトを辞めて、家賃も払えないくらいになっていたときに、NHKの上方漫才コンテストで優勝したんです。あれは、報われたと思いましたね。

■山崎 そこから、これはいけるぞ、と?

■昴生 その後27時間テレビの『KYO-ICHI』で、東京で有名になって、それから少しずつ大阪にも呼んでもらえるようになって。

■山崎 その後、憧れの松本さんともご一緒されるようになって。初めて共演したときって、どんな気持ちでした?
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