ピープル
小島慶子「令和女子のための新・教養」
23.Nov.2020

小島慶子「“美” はそんなにえらいのか(前編)」―顔でも身体でも。美は自ら選べるもの【令和女子のための新・教養】

オトナになるって楽しい!小島慶子の令和女子のための新・教養【Vol.14】

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かねて疑問なのですが、“美”はそんなに偉いのでしょうか。美しいということは価値の一つに過ぎないのに、随分偉そうにしていませんか。もちろん、いろんな美しさがあっていい! という昨今の流れは素晴らしいし、見ていてとても自由な気持ちになります。

でも時々、誰もが何らかの形で「美しさ」を証明しなくてはならないような、強迫的な空気を感じることがあるのです。

美しいものって、目に心地いいですよね。だから中毒性がある。欲しがる(見たがる)人が多い。恋愛市場でも人気です。ジゼル・ブンチェンやケンダル・ジェンナーのように、容姿の美しさを仕事にして、莫大なお金を稼ぎ出す人もいます。

人は美しいものをつい眺めてしまう性質がある上に、市場価値の高いものに惹かれるので、容姿の美しい人は、人々の憧れや羨望の的になります。美は資産であり、権力でもあるのです。

だけど、美でお金が回っている世界もあれば、全然関係ない世界もあります。世のカップルを見ればわかりますが、見た目の美しい人だけが素敵な伴侶を得ているわけではありません。

話題にならないだけで、特段美しくない人で、うんと幸せな結婚をしている人はいくらでもいます。
人生において、美の優先順位が低い人も相当数います。周囲が「あの人、もっとセンス磨けば美しくなるのにもったいない!」と思っても、当人は世間から美しいと言われたいとは特段思っていない場合もあるのです。

そして、見た目を理由に差別されたり、決めつけられたりするのは不当だと思っている人もたくさんいます。

美しいとされる人でもそうでない人でも、容姿を生かす仕事をしている人でもそうでない人でも、外見で人を決めつけ、格付けするのが当たり前の世の中は間違っていると考える人は大勢いるのです。
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