編集部|ピープル

衆議院議員・野田聖子“自分らしさを見失っていた20代後半”を経て「日本初の女性総理」が必要だと強く思うようになるまで

衆議院議員・野田聖子【ふつうの女】Vol.2

「政界の聖子ちゃん」と呼ばれ、男だらけの政界でアイドル議員のように扱われる若手時代を過ごした。有権者に好かれたくてファッションも変えてきたし、支援者の意見に従って結婚を諦めていた時期もある。

我慢の連続。でも、30年以上の政治家人生において、重要な局面で自分に嘘をつくことだけはしなかった。1998年、当時最年少の37歳で郵政相に抜擢されるも、多数派に迎合できず、辛酸をなめたこともある……。

天上人でもカリスマでもなく、社会に翻弄されて、悩み、もがいてきた。私たちと同じ、ふつうの女。だから「初の女性総理」を目指す価値を感じている。野田聖子という物語から、働く女性は何を感じるだろうか?

注目度に実力が伴っていないジレンマがありました

正反対の「こうあるべき」論に、いつも困惑していた

「政治家になるための勉強をしていなかったので、最初は基本的な専門用語すら知らない状態でした。当時の地方の県議会は、周りはおじいさんばかりで、私は浮きまくってましたよ。本当に右も左も分からなかったし、別世界に放り込まれた感じで。

それなのに、当時最年少で当選しちゃったもんだから、マスコミにはチヤホヤされるわけです。『政界の聖子ちゃん』みたいなキャッチコピーをつけられて、あらゆる週刊誌のグラビアを飾りました。注目度に実力が伴っていないことが当時の悩みでしたね」

今よりも政治の世界に女性が少ない時代だったから、身近にお手本となる存在もいなかった。大ベテランのおじいさんたちも、極端な「議員はこうあるべき」論を突きつけて野田さんを混乱させる。

「『人々のスターとして綺麗に着飾るものだ』という意見もあれば、『庶民と同じ目線でいることが大事だから地味にしろ』という意見もあって。正反対の価値観を突きつけられて、いつも混乱していたし、あの頃は自分らしさを見失っていましたね。自分が誰なのか分からない、不思議な感覚。とにかく、自分を政治家にしてくれた岐阜県の有権者や後援会の期待に応えることに必死でしたね」

■「最年少」を撮りにほぼ全週刊誌が取材に来た

最年少の女性県議となった野田さんのもとには連日のように週刊誌の取材が殺到。政治とは関係ない恋愛観を聞かれることも多かった。
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