with lab
written by withLabメンバー さや
27.Dec.2020

【わたしの2020】〜コロナ禍を経て〜

正直、わたしの思い描いていた2020年とは違った。




みんながみんな、生きて、

やりたいことやって、

趣味を楽しんで特技を磨いて、

オリンピックが開催されて、

2020年を目標に頑張ってきた

みんなの努力や気持ちが、

全部全部出し切れる世界線であると、

思っていた。そう願っていた。



あんなにも賑やかだった街から人が消え、

車も少なくなって、通勤電車もガラガラで、

レストランも閉まってて、なんだろう、

なかなかその静けさに慣れなくて、

恐怖まで感じてしまうことがあって、

でもそれがこの世の中を、

命を守ることになるならと、

みんな同じ気持ちで静けさを乗り越えて。


この世界を生きているのは

自分ひとりなんじゃないかと、

寂しくなるときもあった。


誰かの投稿を見て、嫌な気分になることも、

羨ましいと嫉妬してしまうこともあったSNSも、

みんながおうち時間の写真をあげてくれることで、

ひとりじゃないんだと思えてなんか嬉しかった。

ずっと、マウントの取り合いなんじゃないかとか、

何のために投稿しているんだとか思ってたけど、

こんなとき、こんなときだからこそ、今の時代に

SNSというものが存在してよかったなと思う。

みんながみんな、

退屈なこの時間を楽しもうとしていること、

画面越しに好きな人と会えること、

生活を共有できること。

よかった、本当に。




きっと誰もが考えた。

どう考えてもマイナスなこの世界線を、

どうプラスに変えていくか。プラスと捉えるか。

誰もがもがいた、そんな1年だったと思う。

頑張らなくちゃ、でも頑張れない、

頑張りたくないときもある、でも頑張る、

って色んな気持ちが交錯して、

"生きる"ことが、難しく思えてきたりもした。


きっと、

頑張る人生のが、挑戦し続ける人生のが

大変で、苦しくて、つらくて。

でも、こんなにも世界が静かだと、

なんだか時が止まっている気がして、

自分がどの位置にいるのかわからない、

他の誰かと比較することはいけないとずっと思ってき

たけど、誰とも比較できないからこそ自分が自分じゃ

なくなる、そんな、自分のことを理解できなくなるよ

うな感覚に陥ってしまった。

自分とは何なのか、

何のために生きているのか、

自分の使命、存在意義とはと、

自分と向き合う時間が、

みんなそれぞれに、きっとできてしまった。

できてしまった、それだけで。

尊い命を、失ってしまったりもした。



生きにくい世の中なのかもしれない。

何かを頑張らないと"いけない"気がする。

本当は何もしなくていいから生きていてほしいけど、

実際そんな軽々しいことも言えない。

頑張れって応援することも

頑張らなくていいよと励ますことも、

きっと無責任。

でもやっぱり、わたしはみんなに、

生きていてほしい。



ソーシャルディスタンスを保ち、密を避け、

それが大切な人の命を守るためだと

この1年を過ごしてきたけど、

実際に顔を合わせて会話をすること、

喜びを分かち合うためのハイタッチ、

安心を分け合うためのハグ、

目と目を見て挨拶し合う名刺交換だって、

生きる上で何より大切なものだと気づいてしまった。


人は、人の温もりを感じると、

愛し愛されている実感が湧く気がする。

隣にいたらわかる気持ちも空気も、

距離があると途端にわからなくなる。

会えない分、画面越しの相手に嘘をついたり、

心配をかけたくなくて偽ったり何かを隠したり、

その心の距離感がきっと、すれ違いを生む。


仕事も恋愛も友達も家族も。

面と向かって、顔を合わせて

目を見れば、表情を見れば、わかることがある。

人は人の気持ちを察する力がある。

きっと、会えていたら、会って話せていたら、

助かった命もある。伝わった気持ちもある。



今まで当たり前すぎて気づけなかったのは、

きっと日常や生活だけじゃない。

そういう、人と人との繋がり、

あったかさ大切さ、愛。全部だと思う。




わたしの周りの大切な人たちへ。

まだ出会えていない、

この世界線を過ごす全ての人たちへ。

今日も元気に健康に、生きていてくれてありがとう。

そんな、ありったけの愛と感謝を伝えたくなる

"今日"に、本当にありがとう。






そして、このコロナ禍によって

歪んでしまった世界線がきっとあった。

人は、実際に会って話してみなければ

本質を見抜くことができない。

本当に信頼できる人は誰なのか、

その言葉は、その気持ちは本音なのか、

何もわからなくなってしまう。

真実を疑ってしまい、

フェイクを信じてしまう事態だっておきる。



生じた溝を、

会えないからこそ、言葉で伝えようとする。

でも、会えないからこそ、気持ちは伝わりにくい。

例え自分が歪んでいなかったとしても、

相手が歪んだ世界線の中にいては、

伝わるものも伝わらない。

この世界線を変えようともがいても、

溝は広がるだけだから、

いつしか受け入れようと努力した。


変わってしまった世界を、受け入れる。

ウィズコロナとは、

この生活様式に慣れることだけじゃない、

この世界線で、生きていくこと。


もがいてもがいて、たくさん苦しんだ。

いつか元の世界線に戻ると信じて。




この街のどこかで誰かが苦しんでいて、

誰かが喜んでいて、誰かが泣いて誰かが笑って、

でもそんな風に徐々に

街に賑やかさが戻ってきていて、

このビルのひとつひとつの窓の奥に、

みんなの生活があって。

空は今日も澄み渡っていて。

太陽は今日もわたしたちを照らしてくれていて。




根拠はないけど、

きっとこの世界は大丈夫なんだと思える時間が、

確かにここにある。

この世界線じゃなきゃ見えなかった世界が、

気持ちが、確かにここにある。




あんなにめんどくさくて、

休みたいなあなんて思っていた仕事も、

いざなくなってみると、

誰かを支えたい、誰かの力になれるのならと、

働きたくて仕方なくなっていて。

自分にできることは何か、自分の使命とは何なのか、

自分の本当にやりたかったことならば、

望む未来を実現するために、何をしたらいいか。

気負いすぎず頑張りすぎず、自分の程度を知り、

誇りを持って、あきらめず目の前のことを

ひたすらやり続ける、やり切る、そして

自らと周りを信じて、自らと周りに感謝を忘れない、

そうすればきっと、夢は叶う。



自分にとって本当に大切な友達は誰なのか。

つらいときに励ましてくれる友達よりも、

嬉しいことがあったときに喜んでくれる友達の方が

大事なんじゃないか。

万人に好かれなくていい、

仲間外れにされたっていい、

たったひとりでも

自分の味方になってくれる友達がいてくれれば

それだけでいいのではないか。


信じていた人に裏切られて、

疑っていた人に救われる。

やっぱり会って話してみないとわからない。

目を見ればわかる。

この人たちはわたしの味方でいてくれる人たちだと。

例え距離があろうと時間が開こうと、

きっとわたしを信じてくれる人たちだと。

信頼関係は、そうやって生まれる。



逆に、そばにいると、愛し愛されていないんだと

気づくこともできてしまう。

どんなに距離があったとしても、

どんなに会えていなかったとしても、

愛があればきっとその思いは届く。

相手が相手を想う気持ちは、

きっと、計り知れないほどの力がある。

何度だって奇跡を呼ぶ。何度だって奇跡を起こせる。



命をかけて守りたいと思えるもの、

どうしても失いたくないもの。やっぱり、

家族みんなが健康で、笑っていてくれること、

わたしのそばにいてくれること、何よりそれが

いちばん嬉しくて幸せなことだなと思う。

コロナ禍になって、より一層、

家族の命だけは守りたいと願った。

自分にできる精一杯の予防をした上で、

こんなにも愛している人たちはいないから

どうか守ってくれと、何度も何度も祈った。

生きていてほしい。長生きしてほしい。

ずっとわたしのそばにいてほしいと、

何度も何度も祈った。




コロナ禍を経験して、

この世界線を生きて、

思うこと。

例えみんなが

ひとりひとりの時間を過ごしていても、

わたしたちは今、

同じ空間に生きてる。

同じ空間を共有してる。

それがどれほど愛おしくて、

幸せなことなのか。



みんながみんな、幸せになってほしい。

出会った人、すれ違った人、

挨拶だけ交わした人、仕事仲間、友達、

大好きな人たち、家族、みんながみんな、

幸せと思える世の中に、なったらいい。




来年こそは、

ディスタンスなんて気にせず、

もっと密になって、

みんなに会える時間が増えますように。




ありがとう、2020。ありがとう、世界線。


 
2 件

キーワード

急上昇キーワード

新着記事

あなたへのおすすめ