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乙武洋匡「“みんなと違う”という意識はあった」それでも“自己肯定感”を持てた理由

マイノリティの革命児が語るプロ論

ベストセラー『五体不満足』でセンセーショナルに登場し、その後様々なメディアを通して世間の当たり前を裏切ってきた乙武さん。投げかけられた質問に対して、まっすぐ的確に、時にユーモアを交えて答える言葉に垣間見えるのは経験に裏付けられた自信。まさに、彼が自分の軸だと言っている「自己肯定感」だ。人間関係や世間の目など、息苦しさを感じている人にこそ読んでほしいプロ論。

脱当たり前の処方箋

生まれつき両腕と両脚がない障害を持った乙武洋匡さん。世間の「当たり前」を様々な手段で覆してきた彼が、今回は義足をつけてファッションシュートに挑戦した。
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[乙武洋匡]メッシュタンクトップ¥14300、シャツ¥19800、メッシュショーツ¥19800、スパッツ¥14300/ミスタージェントルマン(ミスタージェントルマン) コート¥63800/ニュージアン、シューズ¥43780/ロンボート(エムエイティティ)  Tシャツ、ロープ、ソックス/スタイリスト私物
ブラックを基調にハイテク素材をレイヤードしたモードなスタイリングを、見事に着こなす乙武洋匡さん。「プロフェッショナルの手にかかると、こんなにファッショナブルに仕上がるのかと驚きました」と慣れないファッション撮影に戸惑いつつも、カメラの前に立つと堂々たる表情で撮影に臨んだ。「障害者は不便であっても不幸じゃない」というメッセージで世間の“当たり前”にヒビを入れたのが1998年。それからスポーツライターとして、小学校教諭として、そしてあるときはスキャンダラスな男として。様々な機会で“当たり前”を覆してきた彼はまさに〝脱当たり前〟のプロフェッショナル。

――自分の当たり前が、他人の当たり前と違うということに気が付いたのはいつ頃なのでしょうか。
もちろん物心ついてからは自分が“みんなと違う”という意識はあったけれど、それで悩んでいたわけではなく、いじめられるということもありませんでした。強いていうと、幼稚園に入るとみんながこの身体を不思議がって「なんで手足ないの?」と聞いてくるんです。僕が「お母さんのお腹の中に手と足を忘れてきた」と答えると、相手の中の疑問が解けてそこからは仲良くなれる。でもこれがクラスのみんなに一巡するまでずっと続きます。それなりに煩(わずら)わしくはありましたね。

――その煩わしさを、気に病むようなことはなかったのですね。
これはもう生来の性格なのだと思います。障害があると周りの方にすごくジロジロ見られたり、振り返られたりすることが非常に苦痛であるとおっしゃる方は多いんですけど、僕の場合それが快感でした。「よし、俺は今日も目立っているぞ!」って(笑)。幼少期は、友達に説明する煩わしさと、街中で常に目立っている自分というのを差し引きするとプラスの方が大きかった。自分の身体がみんなと違うという認識はあったけれど、大ごとではなかったという感じですかね。
――乙武さんはそのあとも、様々な当たり前を覆してこられたと思います。例えば、「障害者は“良い人”で、“清廉潔白である”というイメージが窮屈だった」ということもご著書で書かれていますが、世間の勝手なイメージとご自身との間にギャップがあることに対しては、どう対処してきたのでしょうか。
『五体不満足』という本を出したのが22歳。そこから取材を受ける機会が増えて、は“世間からどう見られているか”ということを突きつけられるようになりました。それに対しては「いや、俺そんな良い子ちゃんじゃないのにな」と窮屈に感じました。そう感じてから意識的に持ち前の毒気やダークな部分を出し始めたんですけど、全部ことごとくカットされる。「そういう部分は求められていないんだな」ともどかしかったですね。だから、2010年にTwitterを始めて、初めて自分に編集権があるメディアを手にした喜びは大きかった。やっと自分に正直なバランスで紡いだ言葉を届けられるようになりました。

――それまでの世間のイメージとは異なる面を見せていくことに、不安や恐怖はなかったですか。
リアルな環境で人間関係を構築していくときに、「初めは自分をよく見せたい。恥ずかしい部分や情けない部分は仲良くなってから……」という手順を踏む人が多いと思うのですが、僕はそれがまどろっこしく感じてしまいます。だって、仲良くなってから本当の自分を開示して、「やっぱりこの人無理だ」って思われたらその時間が無駄になってしまうじゃないですか。だったら初めから「僕はこんな人間です」と曝さらけ出してしまった方が楽。だからTwitterは、その日頃の人付き合いと変わらないスタンスでやれて抵抗は全くなかったです。

Biography & Profile

◆1976年
東京都新宿区で誕生

東京都新宿区に生まれる。先天性四肢欠損(生まれつき両腕と両脚がない)という障害を持って誕生。両親は近所の方に挨拶して回り、「今度うちにこういう子が生まれましたので、よろしくお願いします」と応援団を増やしていったという。

◆1998年
『五体不満足』がベストセラーに

早稲田大学在学中に、それまでの人生を振り返り今の率直な思いを語った『五体不満足』を執筆・出版。「障害は不便です。だけど、不幸ではありません」というメッセージは多くの人の心に刺さり、ベストセラーとなった。(1998年、講談社)
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◆2002年
スポーツライターに

大学卒業後は、「スポーツのすばらしさを伝える仕事がしたい」との想いでスポーツライターに。雑誌『Number』の連載をはじめ、スポーツ関連の執筆活動に精力的に取り組んだ。『W杯戦士×乙武洋匡 フィールド・インタビュー』(2002年、文藝春秋)

◆2007年
小学校教論に

教員免許を取得し、東京都新宿区教育委員会非常勤職員、杉並区立杉並第四小学校教諭を歴任、教育への造詣を深めた。この教員時代の経験をもとに書いた初の小説『だいじょうぶ3組』は映画化もされている。『だいじょうぶ3組』(2010年、講談社)
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◆2017年3月
世界放浪の旅へ

2016年に週刊誌で不倫スキャンダルが報道され、参議院議員選挙への出馬を辞退。その後、離婚が成立したのちに、世界37ヵ国を車いすでめぐる放浪の旅に出る。帰国後、世界中で様々な人と出会った経験を著書にまとめた。『ただいま、日本』(2019年、扶桑社)
◆2017年10月
乙武義足プロジェクト始動
2017年にスタートし、現在も進行中の「乙武義足プロジェクト」。日本人初となる四肢欠損者の二足歩行に、各界のプロフェッショナルを集めて挑戦している。その様子は著書にもまとめられた。『四肢奮迅』(2019年、講談社)
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続きはwith9月号でお楽しみください♥

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撮影/柏田テツヲ スタイリスト/SHUN WATANABE ヘア&メイク/石塚真依 取材・文/平井莉生 デザイン/attik

●再構成with online編集部  ●商品情報はwith2021年9月号発売時点のものです。
 
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