仕事・働き方
好きを仕事につなげたひと

【田舎の“パギャル”が起業するまで】女性起業家・生駒幸恵「ギャルになれないし、内定も取り消されて……」今の成功につながる“第一歩”とは?【短期連載vol.1】

“ギャル全盛期”に人気ブランドを抱えるアパレル会社にて10年間本社勤務、その後SNSコンサルタント会社を起業。現在はアパレルのみならず、さまざまな企業やタレントのSNS指導を行うコンサルタントとして活躍する生駒幸恵さん。「好きを仕事にしたい」という夢を掲げる人が多いwith世代にとって、一歩目を踏み出すためのヒントを探るべく、短期連載でインタビュー!

第1〜2回目は、 “好き”を仕事にしたスペシャリストである生駒さんのキャリア形成や、独立までの道のりについて聞いてみました。

「ギャル文化真っ盛りの時代、憧れは109だった」

夢もなく入学したグラフィックデザインの専門学校時代

私はグラフィックデザインの学校を卒業しましたが、当時はグラフィックデザイナーになることが一番の夢ではありませんでした。「興味のある分野の仕事ができたらいいかな」という軽い気持ちで入学しました。正直、自分が将来何になりたいかは、自分でもよくわかっていませんでした。

一方で私が高校時代からずっと大好きだったのが「ギャル文化」。当時は田舎の校則の厳しい私立高校に通っていたので、実際は“ギャル”ではなく、ギャルに憧れているけど「アルバローザ」(※1)は着られない“パギャル”(※2)でした(笑)。その上、ギャル雑誌『egg』を買う勇気もなくて、もう少し優しめの『Cawaii!』を買って満足するような田舎者でした。

垢抜けない女子高校生だったからこそ、ずっと渋谷にいるギャルに憧れていて。当時ギャルの聖地だったマルキュー(109)も憧れの一つで、だから就職活動をするにあたって漠然と「マルキュー系ブランドのグラフィックデザイナーになれたらいいな」と思っていたんです。専門学校に入った理由は、本当にそれくらいです(笑)。


※1ギャルファションの全盛期だった1990年代に一世を風靡したブランド。突然の全店閉店やライセンス展開を経て、今現在はオリジナル商品の販売は行っていないが、ブランドは健在。

※2 “ギャル”にはおよばない、少しマイルドなギャル=ハンパなギャル
次のページ>>内定取り消しされ、まさかの無職になり、絶望して実家に帰ることに  
37 件

キーワード

急上昇キーワード

新着記事

あなたへのおすすめ